東京地方裁判所 昭和61年(ワ)13237号 判決 1988年5月27日
原告
井沢敏行
右訴訟代理人弁護士
鈴木篤
同
佐々木幸孝
被告
株式会社三好屋商店
右代表者代表取締役
片上平四郎
右訴訟代理人弁護士
人見哲為
主文
被告は原告に対し、金四五万八〇〇〇円及び内金二二万九〇〇〇円に対する昭和六一年七月二九日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを五分しその四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金二六八万二四六八円及びこれに対する昭和六一年七月二八日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二主張
一 請求の原因
1 解雇予告手当
(1) 原告は、昭和五〇年被告に雇用されて以来一一年間同社に勤務していたが、昭和六一年七月二八日、被告から解雇された。
(2) すると、被告が原告に対し労働基準法(以下、法という。)二〇条一項本文に基づく解雇予告手当として、解雇当時の一カ月の賃金相当額である金二二万九〇〇〇円の支払い義務があること明らかである。
2 残業手当
(1) 被告は、原告が昭和五九年七月から同六一年六月までの間(以下、本件期間という。)に別表(略)(1)記載のとおりの時間外労働に従事したにもかかわらず、これに対する法三七条一項所定の時間外割増賃金を支払わない。
(2) 右期間における原告の基準内賃金額と残業時間数は、別表(1)記載のとおりであるから、これによって支払われるべき残業手当を計算するとその合計が金一一一万二二三四円となる。
3 よって、原告は被告に対し右合計金一三四万一二三四円と法一一四条に基づくこれと同一額の金額及びこれらの金員に対する解雇の意思表示がなされた昭和六一年七月二八日から支払い済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 解雇予告手当
(1) 請求原因第(1)項の事実中、解雇の日を争うがその余の事実を認める。被告が原告を解雇したのは昭和六一年六月一六日である。
(2) 同第(2)項の事実中、解雇当時の被告の一ケ月の賃金が二二万九〇〇〇円であったことは認めるが、その余の事実は争う。
2 残業手当
(1) 同第(1)項の事実をすべて争う。被告は法三七条によって計算した残業手当を支払っていないが、後記主張のとおり実質的にこれに相当する金員を支払っている。
(2) 同第(2)項を争う。
三 被告の主張
1 解雇予告手当について
被告は原告に対し、解雇予告手当一カ月分として、昭和六一年七月二五日、内金一五万円を、残額の七万九〇〇〇円を同年八月五日にそれぞれ支払った。
2 残業手当について
被告は、昭和五八年一一月、原告をそれまでの倉庫係から営業係(外交セールス)に配置換えしたが、その際に外勤者に対する時間管理が難しいところから、他の外勤者と同様に原告についても、基本給をそれまでの八万五〇〇〇円を一〇万円に、諸手当九万九〇〇〇円を一二万円に増額し、合計金三万六〇〇〇円を増額支給することによって残業手当の支給に替えたのである。
被告の就業規則では、残業時間の計算を一日毎に三〇分単位(三〇分未満は切り捨て)で行うことになっているから、これによって労働基準法三七条どおりの残業手当を支給したとすると、別表(2)のとおりとなるが、現実に残業手当相当分として支給した額がこれを相当上回っていることは明らかである。
四 被告の主張に対する認否
1 被告主張の1の事実中、原告が被告主張の日に合計金二二万九〇〇〇円の賃金の支払いを受けたことは認めるが、これが解雇予告手当であることを争う。原告は七月分の賃金として受領したのである。
2 同2の事実中、昭和五八年一一月から賃金が三万六〇〇〇円増額になったことを認めるが、その余の事実を否認する。原告の賃金がこの時昇給したのは、昭和五八年夏ごろ、当時被告に勤務していた佐々木某外二名の営業係が低賃金に不満を抱いて一度に退職したため、同年八月ころから営業の仕事を手伝うようになった原告を引き止めるための方策であったからである。
第三証拠(略)
理由
第一解雇予告手当の請求について
一 被告が原告を解雇したこと、原告が被告から昭和六一年七月二五日金一五万円、八月五日金七万九〇〇〇円合計金二二万九〇〇〇円の、当時の原告にとって一カ月の賃金に相当する金員を受領していることについて当事者間に争いはなく、原告本人尋問の結果によると、被告は、昭和六一年七月二八日、原告を後記認定の経緯により解雇していることが認められる。
右認定に反する証人片上恒雄の証言中の原告を解雇した日が同年六月一六日であるとする部分は、その証言どおりとすれば、原告は被告から解雇された後も被告に勤務し、その指示によって教習所に通っていたことになって不自然であるといわねばならないから措信できない。
原告が被告から解雇された経緯は、前掲原告本人尋問の結果によると、原告が、昭和六一年六月始め、被告の専務片上恒雄から一カ月の賃金を保証するのでその間に普通自動車運転免許証を取得するように指示され、六月二二日から教習所に通い始めたこと、ところが、右片上は、原告が一カ月では運転免許証が取得できないとわかると、七月一四日、失業保険を受けて教習所に通えと言い出し、原告が返答を避けていると、同月二五日の賃金支給日に、運転免許証がないから賃金を一五万円に減額すると宣告したこと、そこで、原告は、七月二八日、右片上に対し、教習所には夜間通うので勤務を旧に戻してほしい旨申し出たところ、同人からそれでは辞めてもらうほかはないと言われ、止むなく退職したこと、以上のようなものであったことが認められる。
二 右認定した事実によると、七月二五日と八月五日に支払われた金員が七月分の賃金であることは明らかで、そうすると、七月二八日の解雇の意思表示に伴う解雇予告手当は未だ支払われていないと言わなければならない。
第二残業手当について
一 先ず、原告が時間外労働等に対する割増賃金が全く支払われていないと主張するのに対し、被告は原告の就労した時間外労働の時間数を争うのみならず、仮にそのとおり就労していたとしても、時間外労働等に対する割増賃金の支払いは、これを含む基本給と職務手当の支払いによって済んでいる旨主張するので、この点について検討する。
1 原告が昭和五〇年被告に入社し以来勤務してきたこと、原告の賃金が昭和五八年一一月それまでの一八万四〇〇〇円から二二万円に昇給して前月に比較すると三万六〇〇〇円増額されたことについては、当事者間に争いがなく、(証拠略)及び前掲片上の証言によると、被告の賃金は基本賃金と職務手当・扶養手当・皆勤手当とからなるが、原告の給与が昭和五八年一一月に右の額になったのは職務がそれまでの倉庫係から営業係に代わったことによって、基本給が八万五〇〇〇円から一〇万円に、職務手当が九万円から一一万一〇〇〇円に増額されたからであること、被告の給与体系では職務手当の支給金額に占める割合が大きいのであるが、職務内容との対応は不明で、就業規則上、退職金の算定基準の対象が基本給のみであること以外基本給と職務手当とを区分した理由を見出し難いこと、そして、同月から原告に対してそれまで一カ月につき少ない月で概ね四〇〇〇円、多い月で二万五〇〇〇円支払われていた時間外手当が全く支給されなくなったこと、がそれぞれ認められる。
2 (証拠略)及び証人出口喬の証言によると、被告は菓子の卸売りを業としている会社で、営業係の職務の具体的内容は小売店に菓子の見本を持参して注文をとり集金をし、小売店との間に問題があればこれを解決することであるが、その勤務の平均的な一日は概ね朝八時半ごろ出勤し諸々の準備をした後に九時ころ被告事務所を出て得意先を回り、戻ってくるのが午後七時ころになるというものであるが、後記認定のとおり、被告においては社員に出退社時にタイム・カードに打刻させていたにもかかわらず、前掲片上の証言及び弁論の全趣旨によると、営業係の社員には売り上げの目標を課している関係上就労時間の管理が比較的緩やかで、就業時間内であっても顧客の都合によっては帰宅することを認め、その代わり就業後になってから得意先を訪問する者もおり、そのため営業係の社員については時間外の労働時間数の計算を全く行っていなかったこと、が認められる。
3 右認定の各事実及び前記争いのない事実に徴すると、被告が、営業係の社員である原告に対し、法三七条に従った実働時間数に基づく計算をした割増賃金を支払っていなかったことが明らかであるが、時間外割増賃金に相当する趣旨の金員を特に区分することなく基本給と職務手当のなかに含めて支給していたことは否定できないと考える。
そこで、時間外の割増賃金を基本給と職務手当に含めて支払うこと、換言すると、基本給・職務手当と時間外割増賃金とを特に区分することなく一体として支払うことが、法三七条との関係で適法であるかを検討しなくてはならない。法三七条は使用者に対し労働者に時間外労働をさせた場合には通常の労働時間又は労働日の賃金に加えてその計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金の支払いを義務付けているが、その趣旨が法定の割増賃金を確実に使用者に支払わせることにより、超過労働を制限することにあることからすれば、割増賃金が法所定の計算方法により厳格にかつ機械的に算出されることが望ましいのはいうまでもない。だが、計算方法が法の定めるとおりでなくても、例えば、一定の手当を支払うことによって時間外割増賃金の支払いに替えることも、結果において割増賃金の額が法定額を下回らないように確保されている場合まで、これを敢えて本条違反とする必要はないであろう。しかし、割増賃金の額が法定額を下回っているかどうかが具体的に後から計算によって確認できないような場合には、そのような方法による割増賃金の支払いは本条の趣旨に反していることが明らかであるから無効と解するのが相当である。
そこで、本件についてこれをみるに、昭和五八年一一月に増額された金三万六〇〇〇円のなかには、当然、割増賃金の他に、倉庫係から営業係への職種変更にともなう賃金の変更部分も含まれていると考えられるが、両者を金額において確定し区分することができない。また、後に定期昇給等により基本給が増えても割増賃金がこれに比例するのでもないから、この結果、仮に暫くの間は実質的にも割増賃金を確保し得ても、年月の経過とともに不利になること明らかである。かくて、労働者が実働時間によって割増賃金を計算し、その差額を求めようとすれば、労働者に算定の困難を強いることになるが、このようなことを回避するのも法の趣旨と考えられる。
そうすると、基本給と職務手当のなかに割増賃金に相当する金員を含めて支払っていたとしても、法律上、割増賃金支払いの効果は生じていないというべきである。
二 そこで、原告の割増賃金の請求について判断する。
原告が別表(1)で残業時間数(分)とする数字は、弁論の全趣旨から、タイム・カードに記載されている時間に基づいて算出したものであると認められる。しこうして、(証拠略)によると、被告の就業規則上の一日の勤務時間は八時間で、始業が午前八時三〇分、終業が午後五時三〇分と定められ、従業員は出社及び退社に際しタイム・カードの打刻が義務付けられていること、タイム・カードに打刻された時間からすると原告は午前八時一〇分前後に出社して午後六時半から七時前後に退社することが多かったことが認められる。しかし、時間外労働賃金は管理者が時間外労働を命じた場合か、黙示的にその命令があったものとみなされる場合で、かつ管理者の指揮命令下においてその命じたとおり時間外労働がなされたときにのみ支払われるべきものである。そして、一般に使用者が従業員にタイム・カードを打刻させるのは出退勤をこれによって確認することにあると考えられるから、その打刻時間が所定の労働時間の始業もしくは終業時刻よりも早かったり遅かったとしてもそれが直ちに管理者の指揮命令の下にあったと事実上の推定をすることはできない。そこで、タイム・カードによって時間外労働時間数を認定できるといえるためには、残業が継続的になされていたというだけでは足りず、使用者がタイム・カードで従業員の労働時間を管理していた等の特別の事情の存することが必要であると考えられるところ、(証拠略)によると、営業係に移ってからの原告の通常の業務は、概ね、月水金がメーカーの配達員の車に便乗し、その機会を利用して得意先を回って菓子の新製品の売り込みと代金の回収を行い、火木土が運転助手として自動販売機へドリンク剤・飲料を供給することであったが、毎朝午前八時一〇分前後までに出勤していたのは被告の前の専務である山本から遅くとも始業の五分か一〇分前までに出勤しているように指示されていたからで、就業規則によれば時間外勤務には早出と残業があり、遅くとも前日までに所要時間及び内容を告知することになっているにもかかわらず、原告にそのような告知がなされていなかったことが認められ、以上の事実によると、就業開始前の出勤時刻については余裕をもって出勤することで始業後直ちに就業できるように考えた任意のものであったと推認するのが相当であるし、退勤時刻についても既に認定した営業係の社員に対する就労時間の管理が比較的緩やかであったという事実を考えると、打刻時刻と就労とが一致していたと見做すことは無理があり、結局、原告についてもタイム・カードに記載された時刻から直ちに就労時間を算定することは出来ないと見るのが相当である。
他に、原告の主張する就労時間数を確定するに足る証拠はない。
三 右のとおりであるから、本件については、原告主張の時間外労働時間数を確定することができず、ひいてはこれに基づく割増賃金の算定もできないことに帰するので、原告の本件割増賃金の請求はこの点において既に理由がないといわねばならない。
第三結論
以上により、原告の本訴請求は、解雇予告手当金二二万九〇〇〇円及び解雇の意思表示をした日の翌日である昭和六一年七月二九日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める部分は理由があり、また解雇予告手当の支払い違反があることも明らかなので、右金額と同額の附加金の支払いを命ずるのが相当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民訴法第九二条本文第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 畔栁正義)